7月21日(日)に放映されたNHKスペシャル「NHKスペシャル 混迷の正規 パラレル・アメリカ 銃撃事件の衝撃 分断のゆくえは」を視聴した。トランプ銃撃事件(7月13日)も踏まえて、アメリカ社会の分断が進んでいる、という内容である。まずは、その概要を紹介しよう。
放送の概要:若者の保守化と社会の分断
冒頭、これまで民主党の支持層だった若者の保守化が進み、共和党を支持するようになったと紹介する。次に、保守系シンクタンク(ヘリテージ財団だが、名前は出していない)が進めるProject 2025を取り上げ、通例は4000人の高級官僚を、大統領が入れ替えるが、これを5万人規模に増やそうという動きを伝える。第一次トランプ政権のとき、トランプ政策実現に官僚が抵抗したので、変わって政策実行できるスタッフとして、行政を担当できる人材を供給しようというプロジェクトである。その中で、行政担当のための研修プログラムを受講している二人(アフガン従軍経験がある元兵士、高齢の母を介護している60歳代の女性)にインタビューしている。これに対し、ジョージタウン大学モイニハン教授が、高度に専門性を有する官僚の仕事を素人が代替するのは難しいことと、憲法よりも大統領に忠誠を誓う官僚が多くなると、より権威主義的政府になって、民主主義の危険となることをコメントしていた。
次に、おなじみのマイケル・サンデル(ハーバード大学)が登場し、経済のグローバル化の加速により経済的較差が拡大していること、高学歴エリートの成功は自助努力によるもので、低学歴貧困層を見下していると感じられることから、二極化・社会の分断が進んでいるとコメントしている。経済のグローバル化により製造業がオフショア化され、環境規制やフェイスブックの過激投稿規制などにより規制が強化されていることなどから、そういった民主党政権の政策に息苦しさを感じている社会層が独自の経済圏(パラレル・エコノミー)を構築する動きがある。Public Square社は、自由・小さな政府・中絶反対など保守的な価値を守ることに賛同する企業8万社のネットワークを構築し、昨年7月にはニューヨーク証券取引所に上場を果たした。このパラレル・エコノミーを支持する若い母親は、ふだん利用していた大手スーパーが性の多様性を賞賛する上り旗を多数設置にしているのを見て、ふだんの買い物をPublic Squareで完結するようになった、とインタビューに答えている。
性の多様性やマイノリティ保護も、社会の分断をもたらしている。インディアナ州は、有害図書を推薦した司書を罰する法律が成立し、思春期の男の子が性自認するまでの経緯を描いた小説に対して、保護者からの講義が多数寄せられ、有害図書に指定されてしまった。司書の一人は、こういった「禁書」は、人々が自由に学ぶ機会を奪ってしまうので、民主主義の危機だとコメントしていた。これに対し、保護者側(Moms for Liberty) は、禁書を要求しているのではないが、保護者には子供を守る権利があるので、抗議を続けて行くと主張していた。このような風潮に対し、全米教育協会(日教組みたいな組織か?)は、教育の自由と教育を受ける自由を守る必要を強調し、このような有害図書追放の動きに反対していた。
こういった「分断」の実態を紹介した後、民主党・共和党のどちらも嫌(ダブル・ヘイター)という層が増えていることを紹介する。トランプにもバイデンにも投票しないという有権が急増していて、彼らは、どちらが勝っても社会の分断を加速することを懸念しているとのこと。この点について、ウィスコンシン大学クレーマー教授が、お互いの共通点を見つけて、歩み寄る姿勢が重要で、政治リーダーたちこそ、そのような対話情勢に背金を持ち、それに失敗すれば、ますますアメリカ社会の危機となると指摘していた。
最後にサンデル教授とダブル・ヘイターのコメントを残した。すなわち、過度に自国第一主義を追求するリーダーが増えているが(フランスのルペンを例として挙げる)、国境・不法移民問題でナショナリズムを煽るのは危険であり、政治リーダーは有権者に明日への希望を提供する責任がある、したがって、主要政党はその使命と責任を考え直して、社会の分断を避けるべきである。そして、両派がお互いを尊敬すれば対話は可能であり、公共の場で議論と対話を続ければ、多くの人が共有できる信念や価値が理解でき、再びアメリカ社会は団結できる、と結ぶ。
違和感その1:原因と結果が適合しない
最初、テレビで見たときは、NHKらしい、客観的な情報提供に徹し、双方の主張をバランス良く配して、識者のコメントを挟んで、見ている側に考える視点を与えている、と感じた。しかし、しばらく経って、なにかしら違和感を覚えて、NHKプラスで再視聴した。その「違和感」の正体について書き残しておく。
第一に、「分断」の現状を描いているが、その原因を分析して、現状の問題点に結びつけていない。途中で、経済のグローバル化や規制強化を指摘し、それに対応してパラレルエコノミーも存在している、と対比する。これだと、パラレル・エコノミーでも生活していけるのだから、経済のグローバル化を止めなくてもいいじゃないか、という風に認識してしまう。共和党副大統領候補のJ.D.バンスが著した『ヒルベリー・エレジー』が詳細に描写しているように、クリントン以来の民主党政権が推進してきたグローバリゼーションが、中西部の製造業を衰退あるいは消滅させたのであり、その影響を直接被った、以前は中産階層に属した普通の社会人の生活が破壊されたことは事実である。彼らが、グローバル化を推進し、民主党政策に賛同した高学歴エリートに反感を覚えるのは当然だろう。そこに、経済のグローバル化を止めて、製造業を国内に回帰させようという政策を掲げた大統領候補が出現すれば、これを支持するのも当然の帰結である。番組は、アメリカ社会の分断を生んだのはトランプだ、と言いたいのかもしれないが、民主党政権の30年にわたるグローバル化政策が原因で、中西部をはじめ、アメリカの産業が衰退した結果、社会を構成する集団を二分化することにつながったのは明確である。したがって、NHKが「客観的に見えるように」アメリカ社会の分断の実態について、民主党にも、トランプを選出した共和党にも、原因があるというのは、視聴者に対する「印象操作」に他ならないこととなる。トランプが社会の分断の原因であるというのは、適合的因果関係による説明ではない、と断言できる。
違和感その2:トランプ支持層の描写-レベルが低いとの決めつけ
NHKの印象操作と思われたのは、トランプ支持の人々の描写である。民主党系の高学歴エリートに対置して、知的レベルが低い低学歴だということを、ことさら強調している。さらに、こんな人たちに、高度の専門性を必要とする行政機構を担当することはできない、と小馬鹿にしている。星条旗やトランプTシャツを着た人たち、ピックアップ・トラックのコンボイが、あたかもそういったレベルの象徴であるかのように表現している。しかし、2016年選挙で投票した6300万人の有権者の「すべてが」こういう人たちだった訳ではないだろう。むしろ、サイレント・マジョリティは、生活が苦しくなった「普通の社会人」であって、過激な言論や行動に出て、暴力で恨みをぶつけようという人は少数なのではないか。これもまた、印象操作のような気がする。
ついでに、こんな低レベルの人たちに高度に専門的な行政機構を運営できない、という点について。確かに、ウェーバーやガルブレイスが指摘するように、現代企業社会・福祉国家を運営するには、高い専門能力を有する官僚組織が必須である。しかし、アメリカのように、スポイルズ・システムを採用する国では、政権が交代する度に、高級官僚の顔ぶれが変わり、政権のスタート時には、高級官僚の交代に伴うなんらかの混乱が生じるのは避けられない。しかし、だからといって、政権交代があっても高級官僚群はそのままにしなければならない、ということにはならない。政権交代の後しばらく経てば、その後は、曲がりなりにも日常的な行政は機能しているではないか。このことは二つの点を示唆している。第一に、日常的な行政業務は、政権交代・高級官僚交代があっても、影響を受けない、すなわち実務の現場には継続的な業務があり、その経験が後の担当者に受け継がれていることを示している。したがって、かりに高級官僚とともに現場担当者も交代したとしても、これまでの蓄積情報(文書やサーバのデータ)があれば、行政実務を継続的にこなすことは、それほどの専門性を必要としないのである。番組では、トランプ支持者がワシントンで行政事務を担当する知的レベルではない、と言いたいようであるが、実務レベルは、高度の専門性がなくても十分担当できるのであるから、元従軍兵士であろうと臨時職員であろうと、少し訓練を積めば務まるはずである。
違和感その3:高級官僚予備軍はいくらでもいる
第二に、高級官僚には高度な専門性が必要であり、そういう人たちがいないと、ワシントンの連邦政府は回らない、という点について。では、政権交代の時、新大統領は、どいう人的リソースから人材を選んでいるのだろうか。これは、番組では実名が出ていなかったが、ヘリテージ財団のようなシンクタンクから、人材供給することが可能である。よく「回転ドア」と言われるように、たとえば議員のスタッフとなり、その議員が政権中枢のポストに就くと、そのスタッフも一緒に政権の仕事をする。その議員が政権を離れると、シンクタンクの上級アナリストになったり、大企業の顧問となったり、コンサルティング会社の顧問となったり、大学の教員となったりするが、その議員の専属スタッフだった者も同様のキャリアを形成する。シンクタンクの研究員・アナリストたちは、自分たちが政権入りすることを前提として、日々研鑽し、現政権の政策を分析して問題点を指摘したり、そのためのデータを収集したり、みずから政策立案のための報告書を書いたりする(Project 2025もその一つ)。つまり、高度な専門の能力を有する人材は、共和党系のシンクタンクにも、実際に存在するのであり、政権交代が生じても、行政の停滞は最小限にとどまるであろう。現に、これまでの政権交代の歴史でも証明されているではないか。反対に、行政の停滞や支障を理由に、高級官僚の交代を止めたらどうなるかは、容易に想像できる。新政権の言うことは聞かず、自分の地位・既得権を維持する、である。こちらのほうが、よほど行政が停滞することになろう。もう一つ心配していたのが、大統領に忠誠を誓って、憲法をないがしろにする虞である。先日、トランプ銃撃事件があった後でシークレット・サービス長官が議会に召喚されて、厳しい批判を浴びていた。その後辞任したが、このように、高級官僚はいつでも議会に呼び出され、問題を指摘され、メディアにその模様を公開されるのであるから、憲法をないがしろにした業務を行えば、立法府によってチェックされ、その結果について責任を負わされるのは明らかである。したがって、ワシントンの高学歴エリートがいなくても、行政実務レベルでは普通の社会人で足りるし、高い専門性を有する人材のプールは保守系シンクタンクにたくさん存在するから、NHKの主張には根拠がないこととなる。
違和感その4:分断と対話ー対話を拒んでいるのは誰だ?
最後に、ここまで分断が進んで、対話が可能となるか、である。社会の分断を進めてきた民主党政策には、SDGs、LGBT、ポリティカル・コレクトネスなどがある。これらを声高に主張する人たちは、頭から反対意見を受け入れない。頭から反対するから、対話は成立せず、ときには非難の応酬が暴力事件にまで発展してしまう。お互いを尊敬して、対話が成立する前提として、まず相手の言うことを聞く姿勢が必要であることは疑いない。NHKは、星条旗Tシャツ、トランプTシャツを着て、ピックアップ・トラックを乗り回す人々のほうが、聞く耳持たない、と言いたいらしい。しかし、番組内で映し出された全米教育機関代表のヒステリックな主張を目にすると、こちらも相手の言うことを聞く耳もたないと感じざるを得ない。先日、吉井理人『機嫌のいいチームをつくる』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2024年)を読んだ。吉井監督がロッテで実践したことの一つとして、野球以外の専門家をミーティングに参加させることがあった。専門家であればあるほど、素人に野球の何が分かるという態度になったり、自分の専門外の領域に口出しすることを遠慮する。そうなると、ほんとうに有益な意見が出てこない。そこで、吉井監督は、参加者の「心理的安全性」を確保することに注力する。すなわち、「隠さずに意見を言える環境」を構築して、多様な分野から思考は活性化し、新しい意見が生まれ、様々な選択肢のメリットが認識されるのである。これは、「システム・デザイン思考」を参考にしたらしいが、文するアメリカ社会で、相互にコミュニケーションするためにも言えることではないか。とすれば、NHKも含め、分断を煽るような映像や番組作りではなく、「心理的安全」を担保するようなコミュニケーションの在り方を研究し、それを視聴者に示すことではないか。扇情的な映像や、一部だけ切り取って強調した極端な意見を垂れ流す前に、心理的安全を確保した情報提供や対話の在り方、コミュニケーションが成立したうえで、多様な意見を採り上げるべきだと思う。
まとめ
私が番組に抱いた違和感は以上の通りだが、まとめると以下の通りである。
(1)アメリカ社会に分断現象を取り上げるのはよいが、その原因と結果に関する分析・評価が間違っている。
(2)民主党支持層=高学歴エリートと最近の共和党=低学歴低所得層というステレオタイプと、それを強調する映像では、誤った現状認識しかもたらさない。
(3)専門的官僚組織の必要性やダブル・ヘイターを認めると、現状肯定=民主党有利に誘導できる。
(4)識者を使って、もっともらしいことを言わせているが、現実の問題を解決できないばかりか、一方の政治勢力を有利にするような偏向をもたらしている。
(5)客観的な報道番組のように見せかけて、かえって対話やコミュニケーションを遠ざけている内容ではないか。
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