ウィスコンシン州ミルウォーキーで開催されていた共和党全国大会最終日(7月18日)、ドナルド・トランプ前大統領は、今年11月に行われる大統領選挙で、共和党指名候補となることを受諾する演説を行った。その前日には、J.D.バンス上院議員が、副大統領候補の指名受諾演説を行った。メデイアは、例によって、肝心なところを省力した「要旨」を発表している(「トランプ氏演説要旨」日経新聞7月20日)。
日本人は英語が分からないという先入観から、日本語のスーパーや通訳付きの音声を好む人が多いかもしれないが、ここはぜひFull Speechを聴いてほしい。中学英語レベルで単語を聞き取れれば、私でも、話の半分は理解できる。そして、何よりも、表情とか話のトーンとかをトータルして、話し手の言わんとすることとその信頼性を、自分なりに感知でき、それは、メディアの論調よりも納得できるはずである。
トランプ指名受諾演説ー強面・変顔ではない
まず、トランプの演説であるが、全体として、落ち着いた語調で、攻撃的な調子ではなかった。不法移民のデータを表示したとき(暗殺未遂のときに見ようとしていたデータ)、不法移民の増加と減少の時期について説明し、不法移民のなかのギャングが女性をレイプし、殺害した例を紹介して、犠牲者が若い母親・学生だったなどとその属性を指摘して、遺族らに哀悼の意を示していた。ウクライナ戦争・パレスチナ問題・貿易不均衡の問題にも触れていた。日本や台湾は、安全保障をアメリカ任せにしているとともに、貿易不均衡によって、アメリカの富を収奪したとされ、その対価を払うべきだと主張している。台湾はこれに直ちに反応して、国防費を増加して、アメリカと協力する用意があると答えている(趙重台首相の発言)。
個別の論点については、これから政策論争が展開されるであろうが、問題点の指摘・データを伴う客観的な論証・解決のための政策が要領よく並べられており、それほど極端なことを主張しているようには聞こえない。メディアは、トランプの変顔や語調の強さを切り取って放映しているが、それは、それぞれの論点における文脈において強調されるよう位置づけられるものであって、変顔の部分だけ取り上げて、「こいつはひどいことを言っている」みたいな印象操作に使われるべきではないと思う。
トランプのメッセージは、「日本は普通の国となって、国際関係においては、アメリカと対等のパートナーになれ」ということに尽きる。国際法上の主権国家として、最低限の防衛力を整備し、アメリカを中心とする集団安全保障体制に貢献すること、国内産業構造を改革し、国内の経済成長と、公平な貿易を実現すること、という「当たり前のことを当たり前にやれ」と言っているにすぎない(阪神・岡田監督の「普通にやれ」と同じ?)。もし、戦後の日米関係において、日本を一人前の主権国家にしないとの暗黙の前提があったとすれば、今こそ、それを取り払う好機が到来したのではないか。
バンスの指名受諾演説ー普通の生活者にも分かる
副大統領候補のJ.D.バンスの受諾演説もフルで聴いてみた。一言でいうと、気のいい青年、という印象。著書の『ヒルベリー・エレジー』では、麻薬に溺れた母親との確執や、少年時代のいじめ、それから、グローバル経済に取り残されたことによる貧困などが描かれ、高校卒業後に海兵隊に入隊し、イラク戦争に従軍したこと、その後オハイオ州立大学からイエール大学ロースクールに進み、有力投資家とファンドを立ち上げたことまで、彼の半生が記されている。Netflixで、2時間弱にまとめられた映画が見られるが、ラスト・ベルトの中産階級が荒廃していく背景や、家庭環境が破壊される過程などは、映像からは分からなかった。
こちらも、トランプの指名受諾演説に示された政策と整合性を保ち、極端な攻撃性やファナティックな様子も見られなかった。奥様のUshaも挨拶していたが、知的で洗練された物腰で、好感をもてるものだった。
メディアでは、例によって、過去の発言まで持ち出して、非難しようとしている。それは、J.D.の支持層が、この30年間、民主党政権(クリントンから、オバマ、バイデンまで。子ブッシュ政権も民主党支配層と重なる)によるグローバル政策によって、経済的困窮に見舞われた社会階層であって、おそらく今度の大統領選挙の帰趨を左右するほどの社会集団となっていることを、正確に認識しているからであろう。これらヒルベリー集団(?)は、この30年間で生活が苦しくなってきた、われわれ日本人と共通しているのではないか。日米のヒルベリー集団の意見や政策が一致して、アメリカ大統領選挙だけでなく、日本の総選挙の行方にも影響するとなれば、われわれとしても、トランプ・バンス路線を後押しすべきだろう。
もちろん、心配なこともある。ヒルベリー・エレジーにあるように、ラスト・ベルトが衰退したのは、日本車が急増し、製造業従事者を失職させたからだ、という認識をバンスが有しているかもしれないからである。しかし、日本側からすれば、その懸念を払拭させることは理論的に可能であろう。たとえば、プラザ合意以降の円高により、日本の製造業がオフショア化し、アメリカがグロバール経済の恩恵を手にするようにしたのは、民主党のクリントン政権であり(日米構造協議・年次改革要望)、その後も続いてる。困っているのは、日本のヒルビリー集団であり、アメリカのヒルベリー集団である、という理論的分析は可能と思われる。
日本人の多くは「ヒルベリー」集団ではないか
メディアが映すアメリカは、ワシントンDCの政治家・高級官僚・ロビイスト、ウォール街の金融家、シリコンバレーのIT長者が代表している。しかし、われわれ「普通の日本人」からすれば、これらの人の意見がすべて正論だというのは、とても違和感がある。むしろ、バンス氏の主張のほうが、生理的な嫌悪感なしに、素直に耳に入るのではないか。日本のヒルベリー集団も、バンスの応援をし、トランプ次期政権の政策継続を確実にするよう協力する、というのは見果てぬ夢だろうか。そもそも、日本にはヒルベリー集団の利益を代弁し、政策実現できる政党がいない、というのが悲劇でもあるが。
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